
こんにちは。
神戸・西宮・尼崎・伊丹・宝塚・川西・猪名川など、兵庫県の阪神地域を中心に活動している行政書士の小田晃司です。
在留資格(ビザ申請)を中心に、相続・遺言・成年後見など、いわゆる終活まわりのご相談を日々お受けしています。
今回は、とある兵庫県内の町で、さらに人口が減っているという話を聞いたことをきっかけに、
私自身の実体験をもとに「地方と外国人材」「地域のこれから」について考えたことを書いてみたいと思います。
人口激減地域は、この先どうなるのだろう
ちょっと前に、兵庫県内の中山間地域にある、ある町を訪れたことがあります。
人口減少と人手不足が進む中で、外国人材の受け入れによって産業の活性化につなげられないか。
そんな問題意識を持っての訪問でした。
農業、観光、介護、建設。
地方には「仕事はあるが、人がいない」という現場が確かに存在します。
一方で、日本で働きたい、地方で暮らしたいと考える外国人もいます。
あとは、その両者をどうつなぐか――
当時の私は、そう考えていました。
町役場で聞いた、率直すぎる一言
町役場で対応してくれた職員の方は、こちらの話を一通り聞いたあと、少し考えてからこう言いました。
「正直、この町は外国人どころか、
他府県から来た人でも馴染むのは時間がかかると思います」
詳しく話を聞くと、
「外から人が入ってきた時に、ある地域で、
それが外国人であれ日本人であれ、排他的な動きがあったことがある。」
ということでした。
つまり、この地域の一部の人たちは外国人だからとか関係なく、日本人でも他所者は受け付けない、ということなのです。ある意味平等というか差別はないので健全なのかも知れません。
役場の方は、外国人を拒否とかそういう感じではなく、
その場を取り繕うような表現でもありませんでした。
「そういう所なんですよ、ここは。」と。
私はこの言葉を、今でもはっきり覚えています。
これが現場のリアルなのだと思いました。
人口は減り、高齢化が進み、若者は出ていく
その町は、他の地域と同様、人口減少の流れの中にあります。
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人口はこの数年で1割以上減少
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高齢化率は上昇
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生産年齢人口は減り続けている
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特に若年層、とくに女性の転出が目立つ
もはや最期を迎えるカウントダウンが聞こえてきそうな感じです。
しかし、このような状況はこの町だけではなくて、
日本全国の多くの地域で同じ課題を抱えているはずです。


「受け入れない」という選択の、その先
町役場でのやり取りを終えたあと、私はこう考えました。
この地域の人たちが、長い時間をかけて
「外から人を受け入れない」という選択をするのであれば、
それはそれで、一つの判断なのかもしれない。
最近の日本の雰囲気は排他的な感じになってきているし、
そういう運命なのかも知れない。
ただ、その先にあるのは、
町が少しずつ縮小し、産業は振興できず、消滅するかも知れないという未来。
ただ、人口が減れば、
橋や道路、上下水道といったインフラも維持できなくなる。
人の手が入らなくなった土地は、
いずれ原生林に近い姿に戻っていくのかもしれない。
町の歴史や文化が消滅してしまう。記録だけが残る。
それもまた、自然な流れなのかもしれない。
当時の私は、どこかでそう思っていました。
帰宅後、20代の娘と話して気づいたこと
その日帰宅後、20代前半の娘とこの話をしました。
私が
「地域の人たちの選択なら、それはそれで仕方ないのかもしれない」
「やがて町は消えて、自然に戻っていくのかもしれない」
と話したところ、娘ははっきりとこう言いました。
「えー、私がそこに住んでいたら嫌だな、絶対に出て行くと思う。」
理由を聞くと、娘はこんな話をしてくれました。
友だちとベトナム旅行に行ったとき、
日本と違って、街中に若い人がたくさんいたこと。
若者が多いと、街が賑やかで、元気に感じられたこと。
そして、こう続けました。
「外国の人が来て、治安が悪くなるのであれば嫌だけど、
ちゃんとルールを守ってもらって、平和に暮らしていけるなら、
例え外国人でも若い人が増えて、産業が元気になるならそっちの方がいいと思う」
「もちろん私は日本人だし、日本の若者がたくさんいる方がいいけど、
今の人口減はどうしようもない。
日本人じゃないと嫌っていう感覚は私たちの世代にはあんまりない気がする」
「老人ばかり増えて、何も変わらないままより、ちゃんと共生できる外国の
若者が増える方が楽しいと思う。」
その言葉を聞いて、私はハッとしました。
世代によって、見えている未来は違う
中高年以上の世代は、
「今あるものをどう守るか」
を考えがちなのかも知れません。
一方で、10代、20代の若い世代は、
「これからどんな社会で生きていくか」
を、もっと自然に考えています。
国籍や人種よりも、
年齢、活気、未来への可能性。
若者にとっては、
「日本人かどうか」よりも、
「一緒に生きていけるかどうか」の方が、
大事なのかもしれません。
おわりに
ここで一つ、誤解のないように整理しておきたいことがあります。
私自身の感覚としては、
「外国人を受け入れない」というよりも、
日本人であっても外から来た人が入りにくい、閉鎖的な地域は一定数存在する、
というのが実態に近いのではないかと思っています。
そして、この感覚は世代によっても大きく異なります。
長年その土地で安定して暮らしてきた人にとっては、
全く違う文化や価値観を持つ人が現れ、
生活が騒がしくなったり、これまでの秩序が乱されることを嫌う気持ちは、
無理もない面があると思います。
一方で、10代や20代の若い世代にとっては、
高齢者ばかりで変化のない世界に閉じ込められる感覚が、
息苦しく感じられるのもまた自然なことだと思います。
ただ、人が減り、産業が停滞し、地域経済が縮小していくことは、
世代を問わず、誰にとっても望ましい未来ではないはずです。
どちらか一方の意見だけが通れば、
地域はかえって分断され、いずれ立ち行かなくなる可能性が高い。
だからこそ、地域共生は
「誰かのため」ではなく、「すべての人が自分ごととして考えるべきテーマ」
なのだと思っています。
この話は、特定の市町村を批判するためのものではありません。
また、積極的に外国から人を入れるべきとか、あるいは入れない方が良いとか、
そういう話でもありません。
日本中の多くの地域が直面している共通の課題であり、事実認識が必要だと思っています。
地域共生は、
外国人のための話ではなく、
その地域に生きる人たち自身の未来の話です。
そして、その未来を生きるのは、
今の大人ではなく、若い世代です。
「消えゆく市町村」を
「続いていく地域」にできるかどうか。
守るべきものは一体何なのか。
また、それが誰のためのものなのか。
その答えのヒントは、
意外と、若者の感覚の中にあるのかもしれません。


