こんにちは。
神戸・西宮・尼崎・伊丹・宝塚・川西・猪名川など、兵庫県の阪神地域を中心に活動している行政書士の小田晃司です。
相続・遺言・成年後見といった、いわゆる終活周りを専門として日々ご相談をお受けしています。
最近、私は「終活」という言葉を、少しずつ「老い支度」という言葉に置き換えるようにしています。
今日は、その理由についてお話ししたいと思います。
「終活」という言葉が広めたもの
「終活」という言葉は、すでに社会に定着しています。
・遺言の作成
・お墓や葬儀の準備
・財産の整理
・エンディングノートの作成
こうした取り組みが広がったのは、「終活」という分かりやすい言葉があったからこそだと思います。
実際、私のもとにも「終活について相談したい」と言って来られる方が多くいらっしゃいます。
その意味で、この言葉が果たしてきた役割はとても大きいと感じています。
それでも感じていた、どこかの“違和感”
一方で、現場で多くの方とお話ししていると、こんな声を耳にします。
「まだ元気だから早いかなと思って」
「終活って、なんだか縁起でもなくて…」
「自分はもう終わりに向かっているみたいで…」
「終活」という言葉は便利ですが、どうしても“終わり”というニュアンスが強くなります。
特にお元気な方ほど、「まだ自分には関係ない」と感じてしまい、話題にすること自体を避けてしまうこともあります。
本当は、
・家族が揉めないようにしたい
・自分の意思をきちんと残したい
・介護や医療の希望を伝えておきたい
そう思っているのに、言葉の持つイメージが心理的なハードルになっている場合があるのです。
「老い支度」という言葉との出会い
実は「老い支度」という言葉自体は、以前から耳にしていました。
ただ、「終活」という言葉があまりにも定着していたため、正直なところ、あまり意識していませんでした。
そんな中、地域の方からこんな言葉をいただきました。
「終活って、なんだか死に向かっている感じがして…」
「老い支度のほうが、生きる準備のように聞こえますね」
その言葉を聞いたとき、「なるほど」と腑に落ちるものがありました。
老い支度とは何か
私なりに考える「老い支度」とは、
人生の終わりの準備というよりも、
これからの時間を、より安心して過ごすための整理です。
たとえば、
・財産の整理
・想いの整理
・人間関係の整理
・医療や介護の希望の整理
これらは「死ぬための準備」ではありません。
むしろ、今を軽やかに生きるための準備です。
冬が来る前にコートを用意するように。
大雨の前に傘を準備するように。
自然な流れの中で整えていくこと。
それが「老い支度」という感覚です。
行政書士の仕事は「死後」だけではない
私が扱う遺言や任意後見契約、死後事務委任契約は、一見すると「亡くなった後」の手続きに見えるかもしれません。
しかし実際には、
・家族に負担をかけないという安心
・自分の意思が尊重されるという安心
・万一のときも仕組みが整っているという安心
こうした「今を安心して生きるための土台」をつくる仕事です。
ですから私は、
終わりの手続きを整える専門家というよりも、
人生の後半をどう生きるかを整える専門家でありたいと考えています。
「終活」を否定するわけではありません
もちろん、「終活」という言葉を否定するつもりはありません。
検索でもよく使われる言葉ですし、
実際にその言葉で調べてご相談に来られる方も多くいらっしゃいます。
ただ、もし「終活」という言葉に少しでも抵抗があるなら、
「老い支度」という感覚で考えてみるのも一つの方法かもしれません。
それは、
「終わり」に向かう準備ではなく、
「これから」を穏やかに過ごすための準備だからです。
最後に
老い支度は、特別なことではありません。
大きな財産がなくても。
まだまだ元気でも。
家族関係が良好でも。
それでも一度、自分の人生を整理してみる。
それは、自分自身と向き合う大切な時間でもあります。
老い支度は、人生を縮める言葉ではなく、
人生を前向きに整える言葉だと私は思っています。
「何から始めればいいか分からない」
そんな段階からでも大丈夫です。
終活(老い支度)について気になることがあれば、
どうぞお気軽にご相談ください。


