こんにちは。川西市を拠点に活動している行政書士の小田晃司です。
相続・遺言や任意後見、死後事務委任などのご相談に対応しています。
遺言というと、一般には「家族に財産を残すためのもの」というイメージが強いかもしれません。
もちろん、家族の生活を守り、大切な財産を次の世代へ引き継ぐことは、とても重要です。
一方で、遺言や終活のご相談を受けていると、
「子どもには必要な分だけを残し、それ以外は社会のために役立てたい」
「法律上の相続人ではなく、本当にお世話になった人や団体に財産を託したい」
という考えをお持ちの方もいらっしゃいます。
今回は、私が実際に受けた二つのご相談をもとに、財産の行き先を自分で決めること、そして遺贈寄付という選択肢について考えてみたいと思います。
※以下の事例は、個人が特定されないよう、年齢、資産内容その他の事情を一部変更または抽象化しています。
子どもに多額の財産を残すことが、本当に幸せなのか
一人目は、高齢の男性Aさんです。
Aさんはすでに奥様を亡くされていましたが、複数のお子さんがおられました。また、長年にわたって築いてきた株式などの金融資産と、ご自身が暮らす不動産をお持ちでした。
その資産は相当な規模でした。
遺言についてお話を伺う中で、Aさんは、子どもたちに財産のすべてを残すつもりはないと話されました。
Aさんがこれまでの人生で感じてきたのは、本人の努力とは関係なく突然多額の財産を得ることが、必ずしもその人の幸せにはつながらないということでした。
子どもたちには、将来の生活に必要だと考える財産を残す。
しかし、それを超える部分については、人類の科学技術の発展や、公益性の高い活動など、将来の社会に役立つ取り組みへ託したい。
そのような明確な考えをお持ちでした。
そして、私に対して、
「ほかに寄付先として考えられるところはありませんか」
と尋ねられました。
そこで、私が知っている範囲で、社会貢献活動に取り組んでいる団体などについてお話ししました。
この相談を通じて印象に残ったのは、Aさんが単に「子どもに財産を渡したくない」と考えていたわけではないということです。
自分が生涯をかけて築いた財産だからこそ、その一部を次の社会のために有意義に活用してほしい。
Aさんは、財産の行き先を最後まで自分の意思で決めようとしていたのだと思います。
ただし、子どもなど一定の相続人には、遺言の内容にかかわらず最低限の取り分を金銭で請求できる「遺留分」があります。
そのため、実際にこのような遺言を作成する場合には、ご本人の希望だけでなく、相続人の範囲や遺留分、家族関係、遺言執行後に生じ得る問題にも配慮して内容を検討する必要があります。
疎遠な相続人ではなく、お世話になった人やお寺へ
もう一人は、数千万円規模の財産をお持ちの方でした。
この方は夫が数十年前に亡くなり、子どももいないという方です。ご兄弟はいましたが、長年にわたって疎遠な状態が続いていました。
ご本人は、
「何もしないまま亡くなれば、自分の財産は法律に従って相続人へ渡ることになる。しかし、それは自分の本意ではない」
と考えておられました。
そこで希望されたのが、日頃からお世話になっていたお寺への遺贈と、人生の最後まで親しく付き合い、支えてくれた(法定相続人ではない)遠い親族への遺贈でした。
血縁関係だけを基準にするのではなく、自分が実際に受けた恩や、これまで築いてきた関係を大切にしたい。
この方にも、自分の財産の行き先を自分で決めたいという強い意思がありました。
兄弟姉妹には遺留分がありません。
そのため、配偶者、子、直系尊属など、ほかに遺留分を有する相続人がいない場合には、適切な遺言を作成することによって、本人が希望する人や団体へ財産を遺すことが比較的実現しやすくなります。
もっとも、遺言に書けば、それだけで必ず問題なく実現できるわけではありません。
お寺へ遺贈する場合にも、そのお寺の運営主体や法人格を確認し、誰を正式な受遺者とするのかを明確にしておく必要があります。
住職個人に遺すのか、宗教法人その他の法人に遺すのかでは、意味も手続も異なります。
また、そのお寺が遺贈を受け入れる意思を持っているのか、どのような財産であれば受け入れられるのか、法人内部でどのような意思決定が必要になるのかについても、可能な限り事前に確認しておくことが重要です。
何もしなければ、法律に従って財産の行き先が決まる
遺言を作らずに亡くなった場合、財産は原則として、民法で定められた相続人が相続します。
その結果が本人の希望と一致することもありますが、必ずしもそうとは限りません。
疎遠になった親族ではなく、お世話になった人へ渡したい。
自分が共感する医療、福祉、教育、地域活動を応援したい。
科学技術や研究の発展に役立てたい。
自分を支えてくれた寺院、学校、団体へ恩返しをしたい。
このような希望がある場合には、生前に意思を明確にし、遺言として形にしておくことが必要です。
なお、相続人がいない場合にも、財産が直ちに国のものになるわけではありません。
債務の清算、遺言による遺贈、特別縁故者への財産分与など、法律上必要な手続が行われます。その後も残った財産がある場合には、国庫に帰属することになります。
一方、遺言を作成すれば、法的な制約には配慮しつつも、自分の価値観に沿って財産の行き先を決めることができます。
遺贈寄付という選択肢を、知らない方もいる
以前、日本財団が主催した遺贈寄付に関する研修を受講した際、遺言作成時の一言が、遺贈寄付の選択に影響を与えたという英国の実証実験が紹介されました。
英国のBehavioural Insights Teamが、Co-operative Legal ServicesおよびRemember A Charityと共同で実施し、2013年に公表した報告書『Applying behavioural insights to charitable giving』に掲載された実験です。
英国の電話による遺言作成サービスの利用者を対象に、遺言作成担当者の尋ね方によって、遺言に慈善団体への寄付を盛り込む割合がどのように変わるかが検証されました。
特別に寄付について尋ねなかった基準期間では、慈善団体への遺贈を盛り込んだ人の割合は
4.9%でした。
これに対し、
「遺言で慈善団体にお金を遺したいと思いますか」
という趣旨で、遺贈寄付の選択肢を示したグループでは、割合が10.8%に上昇しました。
さらに、
「私たちのお客様には、遺言で慈善団体にお金を遺される方が多くいらっしゃいます。あなたが情熱を持っている活動分野はありますか」
という趣旨で、ほかの利用者もそのような選択をしていることを伝えながら、関心のある分野を尋ねたグループでは、15.4%となりました。
この英国の実験では、選択肢を尋ねることによって割合が約2倍となり、尋ね方を工夫した場合には約3倍となったことになります。
ただし、これは英国で、特定の遺言作成サービスの利用者を対象として行われた実験です。
制度や文化、寄付に対する意識が異なる日本に、その結果をそのまま当てはめることはできません。
また、日本で士業が同じように一言尋ねれば、必ず遺贈寄付が2倍、3倍になるという意味でもありません。
それでも、この実験が示唆していることは重要だと思います。
それは、遺贈寄付の意思がなかった人を話術によって説得したというよりも、遺言を考える適切な場面で、
「財産を社会のために役立てるという選択肢もある」
と知ってもらったことに意味があったのではないか、ということです。
遺贈寄付を勧めるのではなく、選択肢として伝える
私は、遺言の相談を受けたすべての方に、遺贈寄付を積極的に勧めようとは考えていません。
まず優先すべきなのは、相談者ご本人の生活と、ご家族の生活です。
家族へ財産を残すことがご本人の希望であれば、その意思を尊重するのが当然です。
また、家族関係や財産状況によっては、寄付という話題を持ち出すこと自体が適切でない場合もあります。
一方で、私が実際に受けた相談の中には、
「子どもには必要以上に残さず、社会の役に立てたい」
「お世話になった人や団体へ恩返しをしたい」
という気持ちを持つ方がいらっしゃいました。
そのため、相談者の家族関係、財産状況、これまでの生き方や価値観などを伺ったうえで、適切だと考えられる場合には、
「ご家族以外に、お世話になった人や、応援したい活動をしている団体へ財産を遺す方法もあります」
と、一つの選択肢としてお伝えすることには意味があると思っています。
選択肢を示すことと、特定の結論へ誘導することは違います。
財産の行き先を最終的に決めるのは、あくまでもご本人です。
寄付したいけれど、寄付先が分からない
Aさんの相談でも、「社会の役に立てたい」という方向性は明確でしたが、具体的な寄付先がすべて決まっていたわけではありませんでした。
遺贈寄付に関心を持っていても、
「どのような団体があるのか分からない」
「本当に信頼できる団体なのか判断できない」
「寄付した財産が、どのように使われるのか分からない」
という方はいると思います。
私はこれまで、医療、福祉、子ども支援、地域づくりなど、さまざまな分野で社会貢献活動に取り組んでいる方々とご縁をいただいてきました。
今後、私が遺言作成を受任した方から、
「社会のために役立てたいけれど、どこへ寄付すればよいか分からない」
という相談を受けた場合には、ご本人が関心を持つ分野や、大切にしてきた価値観を丁寧に伺ったうえで、実際に社会貢献活動を続けている団体をご紹介していきたいと考えています。
寄付を必要としている団体と、財産を社会のために役立てたいと考える方との間には、情報の隔たりがあります。
その間をつなぐことも、私にできる社会貢献の一つではないかと思っています。
ただし、私が寄付先を一方的に決めたり、特定の団体への寄付を強く勧めたりするものではありません。
候補となる団体の活動内容、運営主体、法人格、財務や情報公開の状況、寄付財産の受入方針などを確認し、ご本人に必要な情報をお伝えしたうえで、ご自身で判断していただくことが大切です。
また、私自身と関係のある団体をご紹介する場合には、その関係性についてもお伝えし、中立性を損なわないよう配慮する必要があると考えています。
寄付を受けたい団体にも準備が必要
遺贈寄付は、寄付をする方だけで完結するものではありません。
寄付を受ける団体にも、受入体制が必要です。
例えば、次のような事項を事前に整理しておく必要があります。
- 現金や預貯金以外の財産も受け入れるのか
- 株式や投資信託を受け入れられるのか
- 不動産を受け入れるのか
- 受け入れられない財産を決めているか
- 相談窓口を誰が担当するのか
- 受入れの可否を誰が、どのような手続で決定するのか
- 遺言作成や遺言執行について、どの専門家と連携するのか
- 受け取った財産を、どのような活動に使用するのか
- 不動産や株式などを受け入れる場合に生じ得る税務上の問題を、税理士等と確認できる体制があるか
特に不動産や株式など、値上がり益を含む資産を個人から法人へ寄附または遺贈する場合には、時価で譲渡したものとみなす譲渡所得課税が問題となることがあります。
一方で、一定の公益法人等への寄附について、要件を満たして国税庁長官の承認を受けた場合には、譲渡所得等を非課税とする特例があります。
すべての遺贈で同じ税金が発生するわけではなく、財産の種類、寄付先の法人、遺贈の方法などによって取扱いが変わるため、税理士等による個別の確認が必要です。
また、不動産については、
- 買い手が見つからない
- 解体費用や管理費が必要になる
- 境界や権利関係に問題がある
- 共有状態になっている
- 固定資産税などの負担が続く
といった可能性もあります。
ホームページに「遺贈寄付を受け付けています」と掲載するだけでなく、実際に相談があったときに対応できる仕組みを整えておくことが重要です。
寄付者の想いと、社会貢献活動を続ける団体を適切につなぐためには、寄付する側と受ける側の双方に準備が必要なのです。
財産だけでなく、その人の想いを遺す
遺言は、単に財産を分けるための書類ではありません。
その人が何を大切にして生きてきたのか。
誰に感謝しているのか。
自分が築いた財産を、将来どのように役立ててほしいのか。
そうした価値観を、亡くなった後の社会へつなぐ手段でもあります。
家族へ財産を残す。
お世話になった人へ感謝を伝える。
自分を支えてくれた寺院や地域へ恩返しをする。
医療、福祉、教育、子ども支援、科学技術など、自分が共感する活動を応援する。
どれか一つだけが正解ということではありません。
大切なのは、自分の財産をどのように活かしてほしいのかを考え、自分自身の意思で決めることです。
遺贈寄付は、そのための選択肢の一つです。
私はこれからも、遺言や終活の相談を通じて、一人ひとりの想いを丁寧に伺い、その意思を実現できる形へ整えていきたいと思います。
そして、社会のために財産を役立てたいと考える方と、真摯に社会貢献活動を続けている方や団体との間をつなぐことも、行政書士として取り組んでいきたい仕事の一つだと考えています。


